2017年末、『正直不動産』という漫画の単行本が発売されました。テレビドラマ化された大ヒット漫画『クロサギ』の原案者・夏原武氏が原案、水野光博氏が脚本、漫画を大谷アキラ氏が担当。現在、小学館のビッグコミックに好評連載中です。

 

正直不動産

 

『ナニワ金融道』の不動産バージョン? 決定的な違いは「うそがつけない主人公」

 

街金の裏側を描いた往年の名作『ナニワ金融道』のように、不動産業界の裏側を赤裸々に描いています。ただ、主人公の描き方に決定的な違いがあります。ナニワ金融道では、街金の世界の流儀にピュアな主人公は苦悩するのですが、優しく誠実な性格は持ちつつも、やがて目がつり上がって行き、その世界の人間になっていきます。

 

一方、正直不動産の主人公、永瀬財地副課長は「この業界には“千三つ”って言葉がある。千の言葉の中に、真実はたった三つってことだ。正直者がバカを見る。嘘ついてなんぼのイカレた世界…それが不動産の営業だ」と最初から豪語するような人物です。傲慢(ごうまん)で生活も派手、話すことはうそばかりという、世間が抱きがちな不動産業界のエリートとして35歳までやってきました。まさに「千三つ屋」の彼ですが、ある事件をきっかけに「本音をズバズバ言ってしまい、うそをつくことができない」人間になってしまうのです。

 

これでは、これまでのような成績を上げることができなくなるばかりか、客との人間関係を壊し、社内の居場所もなくなっていきます。しかし、理想の営業スタイルを求めて奮闘する新人が客の心をつかんで成功したのをみて、「おまえのおかげで吹っ切ることができそうだ。今の不動産会社の多くは嘘をつけばつくほど、あくどければあくどいほど、儲かる仕組みになっている。俺は、そのことに気づきながら、自分が儲かればいいと気づかないふりをしてきた。だが、そんな仕事がおまえを見てたらバカらしくなった」として、「正直不動産、永瀬財地」としてやっていくことを決意します。

 

これでもかと続くあくどい業者の描写に、たくさんの人が開眼

 

漫画の中には、ぞっとさせられるようなセリフがこれでもか、これでもかと出てきます。ストーリーの冒頭は、最近社会問題となった業者が物件のオーナーから借り上げて家賃保証をうたう「サブリース」による契約を、変身前の永瀬が老夫婦に持ちかける話です。「ご安心ください。30年一括借り上げ保証ですので。状況に応じて家賃の協議を行いましょう。物価の上昇や増税など時代の変化にも対応できるよう、4年目以降は家賃を2年ごとに原則3%上げさせていただきます」と口説きますが、裏では「あんなもん、ほぼほぼ嘘で塗り固めた契約だぞ。(中略)その協議が家賃を上げるためのものだと思ったら、それは勝手な思い違いだ」とバッサリ、当然、契約書にある中途解約を可能とする条項には契約時に触れていません。

 

また、永瀬は広告を見て電話で問い合わせてきた客に対し「すでに入居者が決まってしまいました」と答えた後で、「掘り出し物に見せかけた“おとり物件”でアポ取って来店させるのが目的だろ。マヌケ面して訪れた客に『まさに、たった今、入居が決まってしまったんです』と一芝居打って別の物件を口八丁で契約させる、それが腕の見せどころだろうが」と自分に毒づく場面もあります。

 

これらの描写を見て、初めて業界の裏側を知ったという人の衝撃は大きかったようで、Amazonのレビューでも「不動産屋を信ずるべからず。どうしようもない輩がいるのは事実。情報武装して立ち向かうべし」「不動産業界にいる人やその周辺産業に関わっている人にとっては当たり前と言えることでも、一般の人にとっては非常識きわまりないことが多すぎます。多くの人がこの漫画をきっかけにして、そのような非常識を認識して、適正妥当な不動産取引を実現できればよいと思います」などのコメントが多数を占めました。

 

一方、不動産業にかかわっているという人からは、その描かれ方には批判的なコメントも寄せられました。「本書の帯に見られるような『悪意のある』業界人は最近のオープンマーケット化された状況では既に少数派になっており、多くの不動産業者は誠意を持って職務をこなしているように思います。不動産業者=悪という構図の方が物語としては面白くできるのでしょうが、実際に顧客をだまして金を巻き上げようなんて話はもう陳腐化されたネタですね」というものなどです。

 

REDSエージェントからも同じような証言の山。これはリアルと信じられる

 

どちらが正しいのか、本稿を読んでいる方も気になるでしょう。しかし、私はかなりリアルに描き出していると信じることができます。その理由は、これまで「不動産のリアル」の「家売るオトコたちの素顔」シリーズを執筆するに当たって、何人も取材したREDSエージェントが異口同音に、かつて属した不動産会社で目の当たりにしてきたことを語ってくれたからです。

 

シリーズ5では、営業部長の高坂拓路さんが35歳で旅行業界から不動産業界に転職してきたときの話を私はこうまとめました。

 

“不動産会社の店舗に入ってすぐにもらった肩書は、「案内ボーイ」だったという。その仕事は、とにかく案内した見込み客を、店舗まで連れてくることだった。「ウチの会社はこのエリアで仕事をしてるんだから、目をつむっても物件を案内できるようにしておけ。客が急に来店して『この物件が見たい』と言ったら、『えーーーっと、少々お待ちを…』なんて言ってる場合じゃないぞ」といつもカツを入れられていたという。そんな営業マンに反発心を抱くこともあった。しかし、連れて帰ってきた見込み客を先輩に引き渡すと先輩営業マンが、客が「YES」というまで何時間も説得し、契約に持ち込むのには、舌を巻いたという。”

 

このエピソードは、先述「おとり物件に引っかかった客に別物件を契約させる」という漫画内のセリフと重なります。

 

また、漫画内では新人の女性社員に商談の同席を求めた上司が「商談中、笑ってさえいればいい。おまえがニコニコしていれば、場の空気が緩む。相手の話に共感した振りをして相槌を打ち、ひたすら愛想笑いし続けろ」と言い放ちます。なのに、商談中に口を挟んだ女性社員に、あとで上司がネチネチと責め立てます。

 

この場面にぴったり重なる証言を、REDSエージェントの成田育子さんからうかがっています。シリーズ6です。

 

“女性蔑視の空気も普通にあった。「若い女性社員に対しても『取引先とお茶して世間話をしているだけでかわいがってもらえるから』なんて指導をしているんですよ。女性ってまだまだなめられているんだなって感じてきましたね」”

 

このほか、漫画の描写がリアルだと信じられる証言は「家売るオトコたちの素顔」シリーズで記していますので、ここに再掲しておきます。

 

シリーズ7 REDSエージェント村上太朗さん

 

“金曜日と土曜日の夜6時以降はだいたい電話タイム。土日に案内を入れるためですが、『かけ続けろ、受話器から手を離すな』と。”

 

“「売却物件を売主様から専任媒介契約で預かっていても、広告のチラシには全部、『一般媒介』と偽って出すんですよ。一般媒介だとレインズに登録しなくてもいいからですが、宅建業法では完全にアウトです。本当に、そういう業者ばかりですよ」”

 

シリーズ8 REDSエージェント藤井英男さん

 

“大手と中堅の不動産会社それぞれで仕事をした経験を持つ。いずれの会社も異口同音に「顧客第一主義」を掲げていたが、それは悪い冗談のようなものだった。「パワーセールスで『とにかく早く売ろう』と、会社の利益優先の営業しかできていません。お客様のご案内をして、会社に戻ってくれば、どうやったらそのお客様に家を買わせるように持って行けるか、それだけの会議をしています」と裏を明かす。”

 

“実際にはその価格では売れないことを業者は分かっていながら、お客様には「この金額で売れますよ」とウソをついて媒介契約に持って行く。藤井さんのいた会社では、そこから1週間ピッチで価格を下げるためのスケジュールを組んでいたという。当然、イカサマに気づくお客様もいるが、そこを言いくるめれば「一人前の営業マン」と重宝されるのだという。”

 

シリーズ8 REDSエージェント渡辺親三さん

 

“多くの営業マンが、こうした会社の方針に対して慣れてくるし、麻痺してくるとも言える。本当は囲い込みなんかしなくても営業マンは仕事ができるはずだし、やらないと生きていけないというわけではない。なのに、みんなが当たり前のように行い、お客様に迷惑をかけることに躊躇しなくなる。”

 

“「一番の衝撃は、ホームページにはウソを書いている会社がほとんどなのですが、REDSに関してはこの通りなのです。『お客様のために』などという宣伝文句はこの業界ではだいたいウソですから、これは裏があるのじゃないかと入社前は勘ぐっていたのですけど、全くホームページの通りに仕事をしている会社でした」”

 

こうした証言の数々を、エージェントのみなさんの目を見てうかがった私は、漫画の描写に真実性を感じるのです。

 

「千三つ屋」から「正直」に変わることで感謝や幸せが生まれる

 

REDSは、売主から預かった物件を自社で見つけた買主につなげる「両手仲介」や、それを実現するために取引情報を市場から隠蔽(いんぺい)する「囲い込み」をやらないと宣言しています。また、売買の仲介手数料を、法定上限額である「3%+6万円」の「半額から最大無料」しかもらわないことも社是としています。

 

漫画内でもこの両手仲介や囲い込み、仲介手数料の問題にもしっかり触れています。変身後の永瀬が目指している『正直不動産』はREDSのモットーとも重なる部分がかなりあると感じました。REDSエージェントの藤井さんも、前職でエグいことをするよう命じられるばかりの人生に嫌気がさしてREDSに移ってきたのですが、最初に社長から言われたことが「正直にやれ」だったそうですから。

 

「千三つ屋」から「正直」へのコペルニクス的転回によって、REDSに移ってきた藤井さんをはじめとするエージェントの人生が変わり、REDSのお客さんもまた幸せにしているのは事実です(「お客様の声」参照)。それは漫画の中でも同様で、主人公の永瀬は正直になることで一時的にはピンチに追い込まれても、どのエピソードでも客からは大いに感謝されている様子が描かれていて、そこに「救い」を感じました。

 

決して業界の闇を暴露し、一方的に悪口を書いているだけではありません。不動産売買を検討している方はぜひ、事前に一読をオススメします。契約書にハンコをつくのは、だまされないための情報武装をしてからでも遅くありません。

 

 

飛鳥一咲(あすか・いっさく)
大阪大学卒業後、全国紙記者として関西の支局や東京本社社会部などを歴任。退社後、フリーライターとして不動産業界をはじめ幅広く取材し、ウェブを中心に執筆している。